お早うございます。やっと中秋の良い時節になりました。
 岡山市北区上中野にあります宗善山正福寺院首稲垣宗孝でございます。 今年度から私たち日蓮宗では、『いのちに合掌』をスローガンとした布教活動をしています。そこで、このことにつき、お話しさせていただきます。
『いのちに合掌』宗教的深みのある、美しい言葉です。先ず、合掌について考えて見ますと、合掌はそもそもは、インドで仏様や菩薩に対して敬意を表するための礼儀作法でありました。
 それが、インドと共に東南アジアの方面では日常生活の中に溶け込んだ挨拶になっているようですし、我が国では、仏教の信行作法以外では、食事作法として定着しているようです。
 私は、寺の後方でたちばな保育園を経営しておりますが、食事になりますと、子ども達の中でリーダーが「手を合わせましょう」と合掌の指示をし、子ども達が一斉に合掌し頂きますと挨拶をします。終わればもちろん同じ作法で挨拶をします。
 私達は魚を含めた動物、植物の命を頂いて生きているわけですから、それに感謝することは当然で、合掌することは非常によい習慣だと思います。
 それでは、『命』ですが、動物や魚は、人間を含めた強いものに食べられたり、殺されることで、その命は尽きると思われています。
 もっとも、食される動物や家畜あるいわ魚等の供養を行うことを見れば一概にそうとは言えないかも知れませんが、これらは道徳的意味合いの濃いもので、それらの命が魂として、死後も存続するとは考えにくいようです。
 ところが、人間は多くは、身体は亡くなっても、心の中に持っている魂、仏性は亡くならないと信じています。 人間に宗教があるのはこのためですし、仏の命は永遠であると信じる仏教とはその最たるものでしょう。
 しかし、それでも、やはり、肉体の死は人の苦しみの中で一番重いでものす。死ねば、妻子や財産や名声を手にすることもできません。
 生まれれば、老い、病になり、そして死ぬ、諸行は無常であることは、知っていても、その時期がいつか分からないため、なかなか自分の事としては考えられません、ともすればこのことをさけて、むしろ、自分の欲望の永続を願います。
 よく人生、老病死の苦があると言いますと、だから仏教は暗いと言われますが、お釈迦様の意図されるところは、老病死を考えて、だからこそ元気なときにはできるだけより良い生き方をしなさいと言うことです。 
 しかし、そのような教えを知っても、なかなか納得できないのが我々です。健康で、家族も元気で、仕事も順調であれば、そのようなことは考えようとしません。 例え、逆境になったとしても、なかなかお釈迦様の教えを素直に信じれるかどうかも不明です。
 しかし、一方で、一見平凡に見える方が、例えば大病になり、余命がわずかであると知っても、うろたえることなく、穏やかな最後を迎える方もおられます。
 これは、数年前年の事です。例えばKさんとしましょう。檀家のKさんが亡くなられたのは、67歳でした。お母様と2人暮らしで、地元では規模の大きいデパートに勤めておられました。
 お母様が亡くなられた葬儀の引導文の中に、私が母上との思いでに触れていたものですから、「結構なお文を頂きありがとうございました」と大層喜ばれていました。その後は、仏事を通して話す機会も多くなりました。
 中学を出ただけだそうですが課長になられました。女性でそのような地位につく人は少ないそうです。努力と共に並みの能力でなかったのでしょう。そのKさん、お母様の亡きあとは短大へ行ったり、海外旅行をしたり、お寺での信行奉仕と自適の日々でしたが、60歳を過ぎた頃膵臓を患われました。無常にも癌に移行、66歳で手術をされました。
 本人はもとより、私も、回復を願い一生懸命お祈りをしました。手術は成功し退院され、お寺にお参りになり、明るく話されるものですから、膵臓癌は延命が難しいと言われているが、案外良くなるのではないかと思っていましたら、半年後に亡くなられました。
 お母様も既になく、身内の人は誰もいません。どんな葬儀になるかと思っていましたら、なんと200人を超える方々が会葬されました。よほど深い親交があったのでしょう。
 その後、職場の上司であり、Kさんの姉のような方であったT様が葬儀の礼にこられまして、故人の遺言だと言ってかなりの大金を寄附されました。お寺のことに自由にお使い下さいとのことです。
 果たして、頂いていいものかと、思案をしていますと、Tさんは、「これは彼女が手術を受ける前に、世話になった方々への遺品分けの際、お寺に持参するようと、くれぐれもいわれておりますので、何卒お納め下さい」と念を押されましたので頂戴いたしました。感慨無量のものがありました。
 手術前には既に死を覚悟されていたのでしようが、明るくふるまっておられました。私も、一時は回復されるのではないかと思ったほどです。だけど亡くなられました。その時には、既に死後の用意がしてありました。驚くほど気丈夫で潔い方です。
 けれども、私は、やはり彼女は毎夜毎夜涙を流して命のはかなさを恨んだと思います。お釈迦様は法華経の中で「常に悲感を懐いて心遂に醒悟す」すなわち『悲しみの中から悟る心が生まれる』と仰せになっておられますが、恐らく、彼女は悲しみの涙に洗われた目で、心の中の仏性を見つめ、それを『仏の命』と確信されたのでしょう。そして、心の中の仏の命に合掌して、亡くなるまでの幾日かを過ごされたと思います。
 人生67歳の他界は、今日ではまだ惜しみ多い年令です。しかし、私はKさんの生きざま、死にざまを見て、つくづく、久遠の命から見れば90歳も100歳も一瞬。長寿に越したことはありませんが、大切なのは、頂いた命を如何に生かす生き方ができたか。身体は亡くなっても、その命が来世で修行できると信じることができたかどうかだと、思いました。
 もっとも、お釈迦様は「全ての人々に仏性あり」と仰せになっていますので、インドや東南アジアの人々が合掌をお互いの挨拶にしているように、人間同士お互いに合掌し、礼拝する気持ちが大切ですが、そのためにも、先ずは自分の命に合掌。このことを心しなければならないと思うこの頃です。
 宗善山正福寺院首 稲垣宗孝でした。ご清聴感謝します。