おはようございます。今日は日蓮宗妙楽寺住職・北山孝治が御話をさせていただきます。
 今月、2月の16日は、私たち日蓮宗の宗祖であります、日蓮聖人のお誕生日の法要「宗祖降誕会」が開かれます。私たち日蓮宗の岡山市内の寺院は毎年合同でこの「宗祖降誕会」の法要を行っております。今年は桑田町の報恩結社というお寺で開催いたします。お時間のあります方は、どうぞお出かけください。
 日蓮聖人は鎌倉時代の貞応元年、1222年、今から788年前の2月16日に、千葉県の安房小湊でお生まれになられました。
 11歳の時に、近くにあった清澄寺というお寺に、勉強のために入られました。11歳といいますと、今の学校制度では、小学校の5年生ぐらいに当たります。当然、お寺に住み込んでの勉強ですから、親元は離れられることになります。寄宿舎つきの学校、と考えたらわかりやすいかもしれません。
そんな年で親元を離れるのか、とお思いになる方もいらっしゃるかもしれませんが、この時代から後も、江戸時代はもちろん、明治、大正、昭和に入っても、小さい時から親元を離れる子どもは、案外と多かったのです。丁稚奉公といって、商家に働きに出される子どもは、たくさんいました。大名の子ども、武士の子どもも、江戸と地元に、親子別々に暮らしている例は、数多くあります。
 ただ、日蓮聖人のことで驚きますことは、11歳でお寺に入られるときに、一つの壮大なる願い、願を立てられていることであります。
 その願いとは「日本で一番頭のいい人間に成りたい」というものでした。日蓮聖人ご自身のお言葉でいいますと「日本第一の智者となしたまえ」という願いでありました。なぜ、このような願いを立てられたのか? 
 日蓮聖人には、もうこの年ごろから、どうしてもわからない大いなる疑問が芽生えていたからでした。それは「お釈迦さまの教えは一つであるはずなのに、なぜ、こうも多くの宗旨・宗派があるのだろうか。一体、どれが本物の教えなのか」という疑問でありました。今現在もたくさんの宗派がありますが、鎌倉時代のその当時も、南都六宗といわれる六宗派に加えて、天台宗、真言宗、それに禅宗も念仏の教えもありました。そのどれがお釈迦さまの本当の、真実の教えのなのか? 日蓮聖人にはこの疑問があったから、お寺に入って勉強をする決心をされたのです。この疑問の解決のために「日本第一の智者となしたまえ」と願いを立てられたのです。
 その後20年。この清澄寺ではもちろん、鎌倉、京都の比叡山を中心に諸国のお寺を回り、籠もり、ついに、31歳にして、お釈迦さまの教えの真髄を世の中に広める覚悟をお持ちになられました。
 日蓮聖人ご自身が、後年、自らこのことを記しておられますから、疑う余地もないことなのですが、それでも、人間は自分の力量に照らして考えてしまうところが浅ましい限りで、私など、「ほんとに11歳でそのような疑問をお持ちになったのだろうか?」と思ってしまうことがあります。
 そういえば、先月の成人の日のニュースでも、例年のごとく、荒れる若者の様子が何度も何度もテレビで映し出されていました。カラフルな紋付羽織に身を包んで、頭には鉢巻をして、一升瓶をラッパ飲みして暴れまわる20歳の若者。あれはどう見ても、成人した大人の姿ではなく、中学生程度の子どもの振る舞いにしか見えません。
 最近はあまり言わなくなりましたが、一時「ピーターパン症候群」という言葉が流行りました。ピーターパンのようにいつまでも大人になりたくない、と思っている20歳を過ぎた若者を指す言葉です。20歳どころか、30歳を過ぎてもなんとも子供っぽい大人は数多く見かけます。
 今、日本は世界第一の長寿国になりました。平成20年の統計では男性の平均寿命が79.29歳、女性ではなんと86.05歳まで延びています。大変に喜ばしいことではありますが、それに反比例するかのように、私たち日本人の精神年齢は年ごとに幼くなってしまっているように感じます。「人生50年」と言われた時代からするならば、「人生80年」の現代日本人の実年齢はそのころの8掛けで丁度いい、という話をよく耳にいたします。20歳の若者は2×8の16ですから、実質年齢は16歳。そう考えますと、成人式の若者の振る舞いも16歳の子供のやることならばと、少しは納得もできるのですが、それにしても寂しい限りです。
 このところ、「坂の上の雲」や「竜馬伝」といった江戸末期から明治に活躍した人達の生き方を描いたドラマが人気を博しています。その中でも一番人気の高い坂本竜馬は明治維新の一年前に暗殺されてしまいました。その年齢は31歳ですから、彼が明治元年に生きていたとしたら32歳ということになります。気になりましたので、その頃に活躍した人達の明治元年の時の年齢を調べてみました。大政奉還をした徳川幕府の将軍・慶喜(よしのぶ)は竜馬よりも更に一歳若い31歳です。大久保利通、西郷隆盛は少し年をとっていますが、それでも38歳と40歳。日本の初代総理大臣となる伊藤博文は明治元年にはまだ若干27歳の若者です。こういう年齢の人たちがあの明治維新を成し遂げたのだと知りますと、やはり改めて考えざるをえません。
 同じ日本人でありながら、彼らと今の私たちの精神年齢の違い、この違いはどこからくるものなのでしょうか。
もちろん、平均寿命の違いは大きい要因の一つなのでしょう。日蓮聖人が布教活動をされた鎌倉時代の私たち日本人の平均寿命は25歳ともいわれます。明治時代でさえ39歳、大正時代でも43歳、という統計もあります。私たち日本人の平均寿命が急激に延びてくるのは昭和も20年の戦後になってからです。そしてこの戦後になってから、私たちの子供化・幼稚な大人の出現も始まっているのです。
 大人と子供の一番大きな違いとは一体なんなのでしょうか。それはやはり、責任感があるかないか、責任能力が大きいか小さいかということは決め手の一つだろうと思います。誰かの庇護のもとに生きるのが子ども、自分の力で何かのために、誰かのために生きるのが大人だと仮定しますと、幼稚化とは、生きる力の低下、ということになってしまいます。
 いつの時代も、ことを成し遂げる人には気骨・気概があり、目的意識もはっきりとしているのでしょうが、それにしても、国全体のパワーの違い、一人の人間に宿るエネルギーの差は歴然と今の時代のほうが劣ってしまっていると思わざるをえません。
 日蓮聖人は特別なかたであった、明治のリーダーたちも時代の申し子である、と言えなくもないのでしょうが、今の各界のリーダーとそれ以前のリーダー達を比べてみても、その気骨・気概には格段の違いを感じてしまいます。
私たちは今、どの時代の先人よりも恵まれた社会環境の中で暮らしています。これほどの長寿社会を手に入れ、物質的にも贅沢の極みであります。なのに、なぜこうも「生きる力」を低下させてしまったのか。ただ生きるだけの力があり過ぎると、どう生きるかという力は必要なくなってしまうのでしょうか。
 今の日本のこの状況、多くの人が嘆いています。憤慨しています。無責任な若者、無責任な親。無責任なリーダー、無責任な人間の氾濫です。幼児虐待は後を立ちません。親殺し、子殺しといった尊属殺人も頻繁に起こっています。
「自分の力で何かのために、誰かのために生きる」という「大人としての力」、「生きる力」はどこにいってしまったのでしょうか。気骨・気概をもって、目的を持って、「どう生きる」かを私たち一人ひとりが改めて考えなおさなければ、もうこの国は持たないように思えます。
 偉大なる先輩たちが築きあげてきたこの日本、このまま、この状況で、子どもたちに引き継がせるわけにはいきません。政治が悪いといっても始まりません。社会が悪いといってもどうしようもないのです。私たち全ての大人に責任感がなくなってしまったのです。豊かな社会状況の中で、他者を思いやる気持ちを忘れてしまったのです。私自身が、あなた自身が、そんな気持ちを取り戻すしか、解決の道はないのではないでしょうか。
本日は日蓮宗妙楽寺住職、北山孝治が御話を申し上げました。