おはようございます。今朝も元気にお目覚めでしょうか?
今朝は備前市浦伊部、妙圀寺住職、平野光照がお話させていただきます。
 新年を迎えて早二週間がたちました。
 仏教詩人で書家の相田みつをさんは、正月を迎えてこんな言葉を残しておられます。「欲ばらない、腹をたてない、愚痴をいわない。せめて正月の三日ぐらいは・・・。おれできるかなあ」
 相田みつをさんは、せめて正月の三日くらいは、と言われますが、私などは三日ももたないありさまです。「欲ばらない、腹をたてない、愚痴をいわない」、口で言うのは簡単ですが、この三つだけのことでも実行することはなかなか、できませんね。人がいい物を持っていればつい欲しくなったり、ささいな事なのについかっとなって大きな声を出してみたり、よそさまの生活をうらやんでブツブツ愚痴を言ってみたり・・・。こんなことにわずらわされないようにしようと勤めれば簡単なことなのに、つい目先のことにばかり気になってしまいます。
 このことが守れたらどんなに回りの方も温かく受け入れてくれるでしょう。みんな円満にすごせます。こういうことは常に心がけていなければ出来ることではありません。毎朝目がさめたら お経をおとなえするように口にだして言ってみませんか。
 「欲ばらない、腹をたてない、愚痴をいわない。」
 もう一つ、新年にあたり私からのお願いがあります。初詣にお寺やお宮にお参りされた方も多いでしょうが、お家の仏壇にも手を合わせて今年一年の無事を家族みなさんとしていただきたいのです。 そして、その際におまつりしているお位牌を手にとって、裏面に書かれている故人のお名前やお亡くなりになられた年月日を是非見てください。 このおじいさんは亡くなられてもう何年になるんだとか、この方は早何年に・・・などと、出来れば小さな子供さんにもお話いただければありがたいことです。その時、アッ、この方は 今年丁度十七回忌を迎えられるんだ などと、気づかれることがあるかもしれません。ご法事の年回忌をよく確認していただきたいのです。 
 ご法事をいつしたらいいのか、年回忌がわからないと言われる方も多くなりました。若い方に教えてあげなければいけません。 「ご法事で用意するものは何々ですか?」とか「霊具膳ってなーに?」などと聞いてこられる方があります。仏様にお供えするお膳が霊具膳ですが、その中に何をお供えすればいいのか、それも解らないといわれる方もあります。これは、見せてあげないと伝わらないですね。次の世代の方に伝えていく責任は私達にあります。伝えることが難しい時代になりましたが、ご供養の心を親から子へ、子から孫へと、伝えることに勤めないといけませんね。
 ご供養といえば、私は一昨年より岡山刑務所の教誨師として、月に一度伺い、ご供養のお経をあげさせてもらっています。 中のことは口外できませんが、いつも故人の冥福をお祈りします。 初めて伺った時は様子もわからず、じっと見つめられて随分緊張もしました。何回かお邪魔しているうちに、今、お経をお唱えし、懺悔の気持ちを素直に表している人は、けっして恐ろしい人でも こわい人でもない事がわかりました。
  「どうしてあんな事をしてしまったのかと、反省ばかりの日々です」とか、「故郷に残している母親の事を思うと、申し訳ない気持ちで一杯です」などと心境を聞かせてくれました。
 被害者の立場に立てば、どんなに反省や懺悔してもらっても、失われた命は帰ってきません。決して許される事ではありません。でも、それでも、私が刑務所で直接話をした人は、素直に反省懺悔しているのです。どうつぐなえばいいか 苦しんでいるのです。
 ある時、私は写経をしてみませんか・・・と提案しました。写経用紙でなくても経本を見てノートなどに書くことは出来るようなので、できれば反省と懺悔の気持ちをこめ、亡き人の冥福を祈りながら鉛筆書きでいいから書いて欲しいと話しました。後日伺った時に話を聞くと、少しづつだけれどもノートにお経を写していると話してくれました。私は手を合わせたくなるような思いにかられました。人間 本来悪人はいません。みんな仏心(ほとけ ごころ)仏心を持ってくれています。それ以来、私は、あなたの仏心(ほとけ ごころ)仏心を持ち続けて欲しいと願いを込めて刑務所の中で手を合わせるようになりました。
 私はお経に出ているある菩薩様の事を思ったのです。その菩薩様とは法華経に説かれている 『常不(じょうふ)常不軽菩薩(きょうぼさつ)』 のことです。その菩薩様は、道行く人々に対して礼拝しては、こんな言葉をかけられました。
「私はあなた達を尊敬し深く敬います。決して馬鹿にしたり致しません。なぜなら、皆さんはそれぞれ仏様のように尊いお方なのですから・・・」と。
 見たこともない坊さんから拝まれた人は、きみ悪るがって逃げたり、逆に石を投げたり 杖で打ちつけたりしたというのです。それでもその菩薩様は合掌礼拝の修行をやめなかったといわれます。
 常に人々を拝み軽んじなかったので『常不軽』とよばれたのですが、インドの仏典では 『常に軽蔑(けいべつ)軽蔑された男』 との表題がついているそうです。 もっともでしょう。尊敬されるより馬鹿にされることの方が多かったでしょうから。でも、ひょっとすると静かに笑ってこんな事を思っておられたのかもしれません。
 「石を投げるのも縁、その時の縁がいつの日か花開き、人が仏になる縁なのだから・・・」と。
 とてもこの菩薩様のようなまねはできませんが、手を合わすことだけでも勤めたいと思います。
 七百年の昔、日蓮聖人は鎌倉の辻に立ち、道行く人に手を合わせました。「どうか、お釈迦様の真の教えを聞いて欲しい」と。 日蓮聖人の話を初めて聞いた人々は「なんという事を言うのか」と、いかり、石を投げつけたり、杖で打ちつけたりしたといわれます。しかし、日蓮聖人は、さきの常不軽菩薩のように、それに耐え、皆様に仏法の真実を知ってもらいたいと、話を続けられたのです。このご縁がいつの日か花開き、皆さんが真の仏になるようにと祈りをこめて・・・。
 この日連聖人の話に批判をくわえる人ばかりではありませんでした。聖人の命をかけた情熱の話、魂をこめての説法を 素直に聞いておられた方も  いたのです。 そっと木陰から聖人の話を聞くのを楽しみにしていた方もあったでしょう。 「この方の言われることが 真実ではないか」 「この人のいう事を 信じて ついていこう」 と言う信者の方やお弟子さんができたのです。           
 人と人のつながりというものは、「不思議なご縁」と一言では言い表せないような出会いもあります。 鎌倉時代という時に、日蓮聖人にめぐりあうということなど、千載一遇の不思議です。後に日蓮聖人は伊豆に流されたり、佐渡島への流罪にあわれたりしますが、その場所でも不思議な出会いがあり、陰ながら食べ物を届けてくださる方ができ、命をつないでこられました。
聖人は 「父母(ちちはは)父母の生まれ変わりて助けたもうか」 と 感謝の言葉を残しておられます。
 日蓮聖人の書かれた たくさんの手紙や論文などは 今も厳重に保管され伝わっています。 その書簡などからご生涯を思い返して、私達が学ばねばならない事はたくさんあります。 なにより聖人のすごさは、不本意でも住みついた所で、人の心に仏様の種をまき続けてこられたことかと思います。島流しにあっても決して不満を言わず、その場で自らのできる事を考えようとなさる心に涙がでます。 どんなに苦しい境遇にあっても 泣き言を言われません。逆境でもその中で人を恨まず、逆に人を導いておられます。できる事ではありません。
 日蓮聖人の晩年の姿を描かれた絵が伝えられていますが、実に穏やかな顔をされています。苦難を乗り越えた深い慈悲にあふれた顔です。常不軽菩薩さまのように常に人を拝み、真の仏法に生き続けてこられた顔です。
 当時直接お会いできた方は、どんなにありがたく 手を合わせておられたことかと、思いをはせています。日蓮聖人の顔を拝みながら、生き方を学ばねばならないと思います。
最後に相田みつをさんの詩を紹介します。

 部屋に一枚 いい顔の仏像の写真を 飾ってみませんか
 それだけで あなたの部屋が しっとりします 
 気品がただよいます  
 それだけで あなたの部屋が 静かになります
 部屋は静かでなければ 子供が落ちつきません
 仏像は人間の理想の顔 あらゆる悲しみに堪えた顔
 そして 深い憂いを秘めた顔
 毎日見ているだけで 子供の心がよくなります
 あなたの心が深くなります
 幼い子供を育てる間は お母さんの心が落着かないから
 やさしい顔の 仏さまの写真を飾ることを お勧めします
 部屋に一枚 いい顔の仏像の写真を 飾ってみませんか

 相田みつをさんはアトリエに仏像の写真を飾って作品を書かれていました。子供の為にも実行したいことです。
 今朝は備前市妙圀寺住職、平野光照がお話させていただきました。