七面山登詣記

太然寺 大野 玄秀

 RSKラジオをお聴きのみなさん、おはようございます。私は、岡山市にあります、
日蓮宗太然寺の住職、大野玄秀と申します。短い時間ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。
 さて、最近は、中高年を中心に登山ブームと言われています。都会の、息苦しさから逃れて、大自然に心のゆとりを求めようと、日帰りの登山や、野山を歩くトレッキングをする人が、増えているみたいですね。
 一応、私も四十代、中年ということで、先日、檀家の方々と一緒に、七面山というお山に登ってきました。七面山は七つの面の山と書きますが、知らない方も多いでしょうから、少し説明をします。
 七面山は、山梨県の日蓮宗総本山、身延山久遠寺の西に位置するお山で、標高は一九八二m、山頂近くに敬慎院というお寺があり、法華経行者の守護神、七面大明神が祀られています。
 また、御来光も有名で、特に春秋のお彼岸の中日には、ちょうど富士山の頂上から昇る朝日を、拝することができます。
 七面大明神の由来ですが、
 日蓮聖人が身延山で説法をしていると、聴衆の中に美しいご婦人がいました。皆が、このご婦人が、何者であるか不審に思っていたところ、日蓮聖人が「本体を皆さんに見せてあげなさい」と言われました。するとご婦人は、一丈あまりの竜に姿を変え、「私は七面山にすむ七面天女で、身延山と法華経の守護神です」と言って七面山に去っていったということです。日蓮聖人没後、日朗上人と南部実長公は七面山に登り、山頂の一の池のそばに七面大明神をお祀りしました。この時から、七面大明神は法華経の守護神として、信仰されるようになったのでした。
 特に徳川家康の側室、お万の方様が、それまで女人禁制であった七面山に、はじめて登詣されてからは、七面大明神信仰が男女を問わず、ひろく盛んになったといわれています。日蓮宗の信者であれば、一生のうちに一度は登りたい、霊峰です。
 さて、総勢三十名、登山口の所にあります、お万の方様の像、それから白糸の滝を後にし、登山口の門をくぐり、いよいよ登詣の始まりです。
 そびえ立つような、杉の巨木の間の道を登っていきますと、一丁目、二丁目と道程を示す石灯籠が登山者を励ましてくれます。ちなみに敬慎院が五十丁目です。そして、最初の「坊」神力坊に到着です。坊というのは、小さなお寺で、それぞれ、諸天善神が祀られています。そこには登詣者のためにお茶が用意され、ジュース等も売っていますが、まだ二丁目、ここでゆっくり休むわけにはいきません。軽く手を合わせて先を急ぎます。
 「丁目」を示す石灯籠の横には休めるようにイスやベンチがおいてあったりします。お名前等が記してありますから、信者さんが寄付されたものでしょう。所も北は北海道から南は九州まで、全国に渡ります。屋根のついているものも多く見られ、本当に助かります。御遺文という、日蓮聖人の残された、手紙とか文章が、いろいろなところに掲示されており、さすがに日蓮宗信仰のお山です。
 さて、十丁目を越えたあたりから、そろそろ足に疲れが出てきます。休む回数もだんだんと増えてきます。最初は大きな声でしゃべりながら登っていた人も、だんだんと無口になってきます。ハア、ハアという息づかいだけが、聞こえます。
 そして十三丁目、二番目の「坊」、肝心坊に到着です。
 先はまだまだ長いので、そうゆっくりもできません。すぐに出発です。あいかわらずの杉並木をひたすら登ります。そして、二十三丁目、三番目の「坊」、中適坊へ到着です。
 ほぼ、中間地点でしょうか。このあたりになりますと、気温が低くなっていくのがわかります。吹き下ろしてくる風が、汗をかいている体にとても心地よく感じられます。しかし、足の疲労はますます激しくなり、思うように足があがりません。そのときです。かすかですが、「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」とお題目が聞こえて来るではありませんか。どうやら、少し上を登っておられる、太田のおばあさんのようです。精神的にも、身体的にも辛いときには、南無妙法蓮華経という「お題目」をお唱えしなさい、という日蓮聖人のお言葉をまさに実践しているようです。日頃の信仰があるからこそできることでしょう。
 三十丁目を過ぎたあたりでしょうか。眼下にふもとの町並みが小さく見えます。遠くに新緑の山並みも望め、思わず眺めの良さに足を止めて見とれてしまいます。そしていよいよ三十六丁目、晴雲坊へ到着です。
 休む時間もどんどんと長くなりますが、あまり休むとかえって登るリズムが崩れてしまいます。
 青雲坊を出発して、最後の力を振り絞って四十五分くらい登ったところでしょうか。曲がりくねった道を左に曲がったときです。いきなり目の前に、山門が現れました。そうです。敬慎院の山門です。ついに到着しました。
 さて、敬慎院の玄関を入ると直径が一メートルもあるような、「大やかん」が迎えてくれます。夕方のお勤めでは、疲れた体に加持祈祷のカチカチという音が染み渡り、本当に疲労感を癒してくれているようです。
 お経を上げてくださったお上人が「このような高いお山にわざわざ岡山の方から、来てくださりました。これが、皆様方が日蓮宗の檀信徒でなければ、このお山に登られることも、ここでこうしてお会いすることもなかったでしょう。どうかこのご縁を大切にして、日頃の信仰を続けてください」というようなお話しをされました。
 九時の就寝でしたが、就寝時には、七面山名物の七、八mもある長布団が敷かれ、みんな一緒に入って並んで寝ます。こんなことは滅多に経験できませんね。
 次の日の起床は四時。御来光は、土砂降りの雨で残念ながら見ることができませんでしたので、次回、リベンジということですね。
 朝のお勤めに出て、朝食を食べて、ただちに下山です。雨の中の下山となりましたが、この下山も侮ってはいけません。登り以上に気を遣います。足、とくにひざにかなり負担がかかります。それでもなんとか全員が無事下山することができました。
 下山後、「えれえ目におおた」「甘う見とった」と口々に言ってはいましたが、みんなの顔は本当に満足そうでした。「七面山の魅力」、わかったような気がします。
 皆様も機会がありましたら、お元気なうちに、それぞれの信仰のお山に登られてはどうでしょうか。ブームに乗った登山とは、ひと味違った充実感・達成感が得られます。
 本日は日蓮宗総本山身延山久遠寺の西に位置する、七面山のお話をいたしました。とりとめのないお話に最後まで付き合っていただきまして、本当にありがとうございます。またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
         日蓮宗太然寺住職大野玄秀 合掌